公衆衛生大学院 留学体験記

Experience of studying abroad in Japan

公衆衛生大学院 留学体験記

2018年 京都大学大学院社会健康医学系専攻(河村英恭)

2020年 東京大学大学院公共健康医学専攻(宮川哲平)

卒後9年目の外科医が学生になれる幸せ

低侵襲腫瘍制御学講座 助手 河村英恭

私は医師8年目の時に低侵襲腫瘍制御学講座に赴任し、1年間総合南東北病院で外科医として働いた後、1年間の国内留学期間をいただき、京都大学大学院社会健康医学系専攻の専門職学位課程に進学し、社会健康医学修士、いわゆる、Master of public health (MPH)の学位を取得しました。
これは、公衆衛生学の知識や技術、マネージメント能力を習得したものに与えられる資格で、米国では病院長などの管理職になるために、必須の資格だそうです。
近年、日本でも注目されてきており、MPHコースを作る大学、この学位の取得を目指す医師が増えてきています。京都大学のMPH取得コースは、日本で最も歴史があり、臨床研究のできる医師をたくさん輩出しており、臨床研究を学ぶ場としては最高の環境です。
本講座に赴任後、私は臨床研究の奥深さを知ると同時に、いかに自分が無知であるかを実感し、臨床研究を体系的に学びたいという思いが強かったので、京都大学大学院への進学を希望しました。

京都大学大学院に進学したのは医師9年目の時でした。
外科医にとって、医師9年目とは主体的に大きな手術も経験でき、一番成長できる時期であると思います。その1年を臨床から離れて、学生になるということは、かなり不安でした。しかし、低侵襲腫瘍制御学講座からは、私と中山先生、橋本先生、小林先生の4人が同時期に京都大学に進学し(入学式の写真)、同じ境遇の仲間と同じ時期に学べたことはそんな不安を和らげてくれました。
また、京都大学大学院には私と同じような境遇(今まで臨床をしていた、中央値10年目くらいの医師たちが日本全国からたくさん集まっていました。同期とは今も連絡を取り合ったり、研究で行き詰まったときは相談したりします。
京都大学大学院のMPH取得コースは2年間かけて、授業の単位を取得し、かつ、2年時の2月に行われる課題研究発表という研究発表会で、自分の研究結果を発表し、教授陣の質疑応答に答え、合格をもらう必要があります。授業の単位の取得は1年時の前期のみで十分取得できますが、2年間で研究立案、研究プロトコール作成、データ収集、解析、発表というのは、非常に大変でした。

実際の学生生活はというと、月曜日~金曜日、午前8時45分~午後6時まで、1.5時間の授業を4、5コマ受ける日々が続きました。授業の内容は、PICO、PECOなどの臨床研究の入門の内容から、医療経済まで多岐にわたるもので、その領域のトップランナーの先生方の貴重な授業は、大変勉強になりました。
その中に、プロマネという授業があります。これは毎週1回、一人あたり45分の時間を与えられ(15分プレゼン、30分質疑応答)、自分の研究テーマを教員、学生の前でプレゼンするという授業です。自分では気づかない研究の弱点を教員から指摘されたり、異なる専門分野の学生から貴重な意見をもらったりして、自分の研究が磨かれていくのを感じました。また、他人の研究テーマを聞いて、「自分ならこういう風にデザインする」など考えたり、質問したりすることは、自身のレベルアップにもつながりました。

また、京都という都市自体、学ぶ場として素晴らしいところだなと感じました。研究に行き詰まった時は、鴨川の水面や比叡山を眺めると、心が落ち着いたり、新しいアイデアが浮かんだりしました。また、休日は、歴史ある建造物などに観光へ出かけ、リフレッシュすることもできました。このように医師9年目の外科医にとって、京都への国内留学1年間は非常に充実しており、この上ない幸せな期間でした。

京都での1年間で研究プロトコール作成を完了し、総合南東北病院に外科医として再赴任しました。1年間の臨床のブランクに不安がありましたが、臨床医としての勘はすぐに戻り、復帰後10日もすれば手術も以前のように執刀できました。
臨床医として働くことに問題はなかったのですが、学位取得のための研究を進めることが大変でした。倫理委員会の許可をもらうのに時間がかかったり、データ収集の際のプログラミングの勉強に時間が取られ、なかなか研究が進みませんでした。
しかし、課題研究発表の締め切りは待ってくれないので、結局、京都で作った研究プロトコールとは、別の研究を立案し、課題研究発表に臨む形となりました。
福島に戻ってからは、月に1回くらい京都大学のメンターとウェブ会議をし、3カ月に1回くらい京都大学に行って、研究をプレゼンしました。

そんなこんなでなんとか課題研究発表で発表することができ、無事学位を取得することが出来ました。本当なら、卒業式の写真なども載せたいところでしたが、新型コロナウイルスの影響で卒業式は開催されませんでした。京都大学の卒業式は、仮装パーティーのようになることで有名で、参加できなかったことは心残りです。現在は無事に学位を取得できましたが、学位取得のために行った研究の論文化、京都で学んだことを生かした研究立案、後輩への臨床研究の指導など、やらなければいけないことはたくさんあります。そして、忙しい臨床業務の中で、臨床研究を続けることの難しさを日々痛感しています。しかし、京都で1年間国内留学できたこと、学位を取得できたことは、臨床研究をするうえで、スタートにすぎないと思っています。この経験を生かすために、これからも臨床研究を続けていきたいです。このような貴重な機会をいただいたことを大変感謝しております。

国内留学体験記

低侵襲腫瘍制御学講座 助手 宮川哲平

低侵襲腫瘍制御学講座の大きな魅力の一つは1年間の国内留学が可能な点だと思います。国内留学先に縛りはなく、自身で希望すればどこへでも行くことができます。
例えば先輩方の例では京都大学の大学院へ臨床研究を学びに行った人もいれば、国内有数のハイボリュームセンターに手術の研鑽に行った人もいます。
私は、低侵襲腫瘍制御学講座に所属して2年目の年に東京大学大学院公共健康医学専攻(School of Public Health; SPH)の1年コースに進学し、Master of public health (MPH)という学位を取得しました。
低侵襲腫瘍制御学講座では、臨床と臨床研究を両輪として学ぶことができます。
私の場合は、1年目は総合南東北病院で外科医として手術に明け暮れながら、日常臨床から出た疑問を解決するための研究の立案・計画書の作成を行いました。

国内留学の話とは離れてしまいますが、総合南東北病院は県内有数の悪性腫瘍の症例数を誇り、臨時手術も多くこの1年間で外科医として非常に成長できたと感じています。私が専門としている大腸外科では私の上司4人はすべて大腸領域の内視鏡外科技術認定医を取得しており、手術の教育を受けるにあたってはとても恵まれた環境でした。一方で、臨床研究に関しても本多先生をはじめ、京都大学SPHに留学した先輩方、低侵襲腫瘍制御学講座に所属するメンバーから、自らの研究計画に対して熱く、時に厳しい指摘や指導を受けました。その中で 自分の疑問を臨床研究として形にしていく面白さを実感するとともに、難しさも痛感し、思いきって臨床を離れ、1年間じっくりと臨床研究を学びたいと感じ、東京大学SPHに進学することに決めました。  

私が国内留学をした2020年度はコロナ禍の真っただ中であり東京では緊急事態宣言が出ており、残念ながらSPHの授業はすべてオンラインでした。
30人ほどいる同期とは毎日オンラインで顔を合わせるものの、中には1年間最後まで直接会うことができなかった人もいました。
いろいろな人とのつながりをつくりたいと思っていたので、自由に気軽に飲みに行ったりできなかったことは心残りでした。
それでも同期の職種は、医師、看護師、歯科医、獣医などの医療関係者だけでなく、法学部出身者や内部から進学してきた学部生、海外からの留学生など職種も多岐にわたっており、年齢層も幅広く、授業ではいろいろな視点の意見を聞くことができ、とても面白かったです。
講義の内容も臨床研究だけでなく、医療コミュニケーションや健康教育など多岐にわたっており、これまで学んだことのない分野も多く、とても新鮮な毎日でした。 

東大SPHでは希望する研究室に所属し、研究を実践することが求められます。
私は臨床疫学経済学教室というDPCデータベースなどのいわゆる医療ビックデータを用いた研究を実践している研究室に所属し、研究を行いました。
在学中に人生初の英語原著論文を執筆・投稿することができ、先日その論文がアクセプトされ、非常にうれしかったです。これまで英語論文を書いたことのなかった自分でも、教授はじめ、研究室の先生方、先輩方の熱心な指導により、英語論文を形にすることができたことは自信になりました。
特に康永教授には、大変お忙しい中何回も研究ミーティングをしていただき、拙い論文をつきっきりで添削していただくというとても有難いご指導を受けることができました。
また在学中だけでなく、卒業後も研究を続けることができるような環境にあり、今後もこのつながりを大切にして、研究を続けていきたいと思っています。
もうひとつ国内留学で得たことは、家族との時間でした。なかなか外出もままならない制約の多い時期でしたが、その分、家族とは毎日一緒に過ごすことができました。
外科医として臨床に従事しているときにはなかなかできない経験だったと思います。この1年間、身近で子供たちの成長を見守れたことは私にとっては一生の宝物のような時間でした。 

長くなってしまいましたが、東京大学SPHへの1年間の国内留学を通して、臨床研究の面白さを知ることができました。
とくに日常臨床のなかで研究のネタを探し、研究の計画を考えるという楽しみを知ってしまいました。今後も楽しみながら、日々の臨床をちょっとでも変えるような臨床研究を実践していきたいと思います。
また後輩にもこの楽しさを少しでも伝えていけたらと思っています。 国内留学期間が終わり、また臨床に戻りました。
1年間離れてみて、やはり手術は楽しいです。これも離れてみて感じることなのかもしれません。
私の目標は手術と臨床研究を両輪として、後輩に対して楽しさを伝えられるような指導をできるようになることです。
そのためにはこれからも手術と臨床研究の双方の研鑽をつんでいきたいと思っております。 最後にはなりますが、このような貴重な国内留学の機会を与えていただき、心より感謝申し上げます。