卒後12年一外科医・米国研究留学への挑戦

文責:河村英恭

はじめに

私は医師として12年目を迎えたとき、海外研究留学の道を選びました。このころになると、地域の最前線病院で臨床をしていれば色々と経験も豊富となり、たいていの臨床外科的業務には対応ができるようになります。しかし、逆に慣れ親しんだ環境にとらわれて、新たな挑戦が難しくなる時期でもあります。そこで私は、大学生の頃から夢見ていた海外研究留学にチャレンジすることにしました。異国の地での研究者としての生活は、楽しいばかりではありませんでした。しかし、外科医としての経験を活かした研究ができ、人生の視野を広げる素晴らしい機会となりました。私の経験が若手医師たちのキャリア形成の参考になれば幸いです。

留学までの経歴

福島医大低侵襲腫瘍制御学講座・消化器外科プログラムに一期生として参加

私は和歌山県立医大出身で、初期研修後に東京都内の病院で外科後期研修を行いました。その後、2年間、同じ病院で下部消化管外科を専攻していました。卒後8年目に転機が訪れます。これまで論文を書いたことがなかった私は、臨床研究の方法論・最先端の知識を体系的に学びたいと考え、福島県立医科大学に新設された「低侵襲腫瘍制御学講座」の消化器外科プログラムに第一期生として参加しました。このプログラムは若手外科医を対象に、手術の修練と臨床研究の実践を両立するという他にはないプログラムでしたが、当時はまだ新設されたばかりの寄付講座ということで、まったく先が見えない不安もありましたが、思い切ってプログラムに足を踏み入れました。結果として、4年間で素晴らしい経験を積むことができました。

具体的には、臨床面では下部消化管外科を中心に診療に携わり、医師として10年目には消化器外科専門医の資格を取得し、11年目には内視鏡外科技術認定医(大腸)およびロボット手術の術者資格を取得しました。また、臨床研究の面では、福島県内の多施設共同コホート研究の立ち上げに携わり複数の論文を発表し、文科省科研費の獲得し、さらには公衆衛生大学院で修士の学位を取得するなど、臨床業務と並行して研究者として必要なキャリア実績も少しずつ積むことができました。

なぜ海外研究留学したいのか

私が海外研究留学を選んだ理由は、第一に「長い人生、一度は海外留学をしてみたい」という学生のころからの夢があったからです。実際には医師としての基本的な実力を養うことが先決で、まずはそのために卒後しばらくの年月を費やしていました。その後、当講座に出会って「臨床現場でわからないことは研究によって解決してこそ真の臨床医である」という理念に触れ、さらに研究力を高めていきたいという思いが強くなりました。また、いくつか研究論文を執筆していくうちに、自分の実力が、世界でどこまで通用するかを試してみたいという思いも持つようになりました。

私は実際に留学する3年ほど前から留学先を探し始めました。そして、運良く、アメリカ・ボストンのHarvard Medical School附属病院であるBrigham & Women’s Hospitalの病理部でリサーチフェローとして採用されることができました。(写真は、Harvard大学で子供の偏差値が上がる祈りをささげているところです(笑))。なんのコネもなく留学先を探すのは大変なことですが、国際学会に参加して、自分の興味ある研究者にアプローチするなど、とにかく行動することが大切だと思います。熱意が伝われば、きっと道は開けると思います。

夢の米国・研究者生活

COVID-19の嵐をかいくぐっての渡米

渡米したのは2021年6月で、世界中でCOVID-19が猛威を振るっている最中でした。出国する成田空港は静まり返り、アメリカでは感染者・死亡者数が急増しているというニュースを耳にしました。しかし、私は覚悟を決めて渡米しました。その時の覚悟は今でも鮮明に覚えています。渡米後はワクチン接種が進んだためか、アメリカ国内の感染者数が減少していきました。米国では日本と異なり、すでに2021年7月にはマスクを外して、COVID-19パンデミック以前と同じような生活ができるようになっていました。結局、留学期間中はCOVID-19による制限をほとんど受けず、その点はむしろ日本にいるより気楽だったかもしれません。

ボストンは海外生活をするにあたり最高の場所と言えます。他の都市へのアクセスも良く、日本からはなかなか行けないような観光地にも足を運ぶことができました。私はニューヨーク、フロリダのディズニーワールド、スペインのバルセロナへの旅行を楽しむことができました。

ボストンはアメリカで最も古い町であり、ヨーロッパ調の古い建造物が数多く残っています。また、アメリカ独立戦争の舞台となったことから歴史的な建物も多く存在します。さらに、世界有数の学術都市であり、Harvard大学やMITがあります。スポーツも盛んで、アメリカ4大スポーツのすべてにボストンを本拠地とするチームがあります。また、シーフードがおいしいことでも知られています。クラムチャウダーやロブスターはボストンの名物料理です。ボストンでは観光名所に事欠かず、まるで毎日海外旅行をしているかのような新鮮な気持ちに浸ることができました(写真はFenway Park・大谷翔平の試合を観戦)。

出会いの広がるボストン生活

私と同じように研究留学のためにボストンにやってきた日本人研究者もたくさん在住しており、彼らとは貴重な友人関係を築くことができました。特に、毎週土曜日の朝7時から始まるチャールズ川沿いのランニングに参加する日本人ボストンランニング部との交流は、私にとって忘れられない思い出となりました。研究生活は外科医とは異なり、デスクワークが主体であり、時にはストレスがたまることもあります。しかし、毎週のランニングではボストンの美しい景色を眺めながらストレスを発散し、同じような境遇で頑張っている研究者の友人たちとの会話も楽しむことができました。このランニングは私にとって最高の癒しとなりました。

分子病理疫学・荻野周史先生の元へ

私が留学した研究室は、分子病理疫学(MPE)という分野の研究を行っています。この研究室では、米国で行われている大規模なコホートを用いた疫学研究を推進しています。このコホートは10数万人の健康な成人を40年以上にわたって追跡している貴重なデータです。私たちはこのデータに大腸癌組織の分子病理学的情報を組み合わせることで、大腸癌に関するさまざまな研究を展開しています。通常の疫学研究では、「喫煙は大腸癌の発生に関与する」という結果が得られるかもしれませんが、MPEではより詳細な洞察が可能です。具体的には、「喫煙は免疫細胞の少ない大腸癌の発生に関与する」という新たな知見を導き出すことができるのです。詳しい研究内容については、私たちの研究室の教授である荻野周史先生のブログもぜひご覧いただければ幸いです。

なかなか決まらない研究テーマ

MPEでは、最近、腸内細菌と大腸癌の発生や進行についての研究が盛んに行われています。私もこの興味深いテーマに関連する研究を始めることを決意しました。大腸癌に関連する腸内細菌についての知識を深めるため、一から勉強を始めました。しかし、偉大な先人たちが既に重要な腸内細菌を特定していることがわかりました。自身の能力では新たな大腸癌関連腸内細菌を同定することは難しいと判断しました。この時点で私はすでに渡米してから半年が経っていました。

腹部手術と腸内細菌・大腸癌発生に関する研究

新しい環境に慣れつつも研究テーマを決定することがなかなかできませんでした。新たな研究案を着想するためには、既存文献を読みあさるだけでなく、これまでの臨床経験をベースとした疑問をもとに、外科医ならではの発想でアプローチが出来ないかと考えることにしました。そして、腹部手術と腸内細菌・大腸癌発生の関連性についての着想を得ました。腹部手術による消化器臓器の切除は、腸内細菌に大きな変化をもたらすと考えられています。そして、その変化が大腸癌の発生にも関与しているという仮説を立てました。この仮説を検証するために、米国大規模コホートには幸運にも腹部手術に関するデータが含まれていました。私はこのデータを活用するプロトコールを作成し、解析に着手することができました。現在は、解析作業と論文執筆に全力を注いでいます。私はこれまでも外科医としての臨床経験を生かした研究がしたいと願っていましたが、まさにこの研究において、それが実現できそうだと感じています。

留学から帰還

2年間の海外研究留学を終えて、2023年4月に当講座に再び戻ってきました。当講座の理念は、「臨床と臨床研究を両立できる外科医を育成する」ことです。この理念に共感し、留学で得た知識や経験を後世に伝える使命を感じています。日々、さらなる精進を重ねることで、その使命に応えたいと考えています。

この記事を読んでいる皆さんは、当講座に興味をお持ちで、自身の外科医としてのキャリアを切り開きたいという情熱をお持ちの若手医師だと思います。ぜひ、当講座で共に学びましょう!皆さんの応募をお待ちしています。

詳しくはブログもご参照ください

私が運営しているホームページで、さらに詳細な留学情報をご提供しています。米国留学に関心のある方は、ぜひ足を運んでいただき、記事をご覧いただければ幸いです。

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